【経済的に豊かでも飢えている】
十数年間、講演活動をさせていただいています。
小学校、中学校、高校、大学の授業にお邪魔した時
お母さん方の講演会に伺った時
涙を流している人がいらっしゃいます。
何故、人の心に響くのか?
私なりに考えてみました。
マザー・テレサの本を読み返していたら、
ふと、泣いている子どもさんたちの顔が浮かびました。
「いのちの授業」や講演で、私が共通してお話していることは、
「親や周りがどうであれ、人は愛される価値がある」
と、いうこと。
て、いうことは、もしかしたら
「愛される」と、いうのがキーワードかも。
一部、本より引用して掲載します。
***
人は一切れのパンではなく
愛に、小さなほほえみに飢えているのです。
だれからも受け入れられず
だれからも愛されず
必要とされないという悲しみ
これこそほんとうの飢えなのです。
愛を与え
愛を受けることを知らない人は
貧しい人の中でも もっとも貧しい人です。
「マザー・テレサ 愛のことば」女子パウロ会より
十数年間、講演活動をさせていただいています。
小学校、中学校、高校、大学の授業にお邪魔した時
お母さん方の講演会に伺った時
涙を流している人がいらっしゃいます。
何故、人の心に響くのか?
私なりに考えてみました。
マザー・テレサの本を読み返していたら、
ふと、泣いている子どもさんたちの顔が浮かびました。
「いのちの授業」や講演で、私が共通してお話していることは、
「親や周りがどうであれ、人は愛される価値がある」
と、いうこと。
て、いうことは、もしかしたら
「愛される」と、いうのがキーワードかも。
一部、本より引用して掲載します。
***
人は一切れのパンではなく
愛に、小さなほほえみに飢えているのです。
だれからも受け入れられず
だれからも愛されず
必要とされないという悲しみ
これこそほんとうの飢えなのです。
愛を与え
愛を受けることを知らない人は
貧しい人の中でも もっとも貧しい人です。
「マザー・テレサ 愛のことば」女子パウロ会より